※今回の記事はちょっと季節外れ。

ぼくはデザインを仕事にしているからきれいなものは大好きだ。
だから当然食べ物もきれいであってほしいと思う。
 

頂いた和菓子

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夏が過ぎてしばらく経ってしまったが、ある夏の暑いときに涼し気な和菓子を頂いたことがあった。透明なゼリーの中に金魚を模した羊羹が配されたもの。 見た目にはとても涼やかできれいで目を引く。手間がかかっているんだろうなあ。日本っぽいなあ、と感じた。
 

きれいな食べ物≠食べたい食べ物

はて。
ぼくは疑問に思った。
これ食べたいか?
みんなは金魚を食べたいと思うのだろうか。

金魚は美しい。
でも金魚を食べたいとは思わない。



だから金魚をリアルに模した和菓子も食指が動かない。

「和菓子 金魚」でググってみるとこんなにもあることがわかる。
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すでにこれは日本人のなかで共有されている価値観なのだろうか。
 

見て見ぬふりをすることに違和感

ぼくはいつも春先になると思うことがある。
東京に住んでいる人ならわかりやすいと思うが、目黒川の桜並木についてだ。
近年桜の名所として目黒川は大きく取り上げられている。


確かに桜の圧倒的な物量で華やかさはあると思う。
だけどこの川そのものがきれいじゃない。
みんなほんとにこの川きれいと思ってんのかな?
ひと昔前に比べれば水質はマシになったのかもしれないが、コンクリートでガチガチに固められた自然とは全く相反する造形の川だ。
川というよりここまで来ると水路だ。
比べるのも馬鹿馬鹿しいが四万十川と目黒川。
きれいなのはどっち?

あと、水面に落ちた花びらだけど、遠目から見る分にはまあ悪いとは言わないが、花見に行って近くで見たらはっきり言って汚い。 水が汚いし、花びらがゴミと混じっているから。 こういうところに美を感じちゃう繊細な感覚を持っているんです、的な人は多いがぼくははっきり言う。 汚い。
 

直感に素直に反応できる感情を持つこと

ぼくたちは日々の暮らしの中でたくさんの情報が自分に刷り込まれている。
価値判断が自分の直感によらず、人が良いと思っていることが自分にとっても良いことなのだ、となってはいないか。自戒を込めて意識的になにが自分にとっての価値なのかを見極めたい。
 

美しいものを作り出すのは難しい

美しいものを作り出すのはプロであっても難しい。
だからもうすでに美しいものとして確立されているものを自分の創作物にあてがうことで、さも自分が美しいものを作り出したと錯覚しがちである。だからぼくは何かを模したデザインの製品があまり好きではないし、することもない。ただ、デザインを作っていく過程で最終的に現れた造形が何かすでにあるものに近似していくことはよくあることだ。そういう収斂進化みたいなデザインは逆に面白いことだと考えている。


まとめ

でもなんだかんだでたい焼き(あんこ一択)は大好き。
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うまけりゃいいんだよ。
理屈は吹っ飛ぶ。

なんなんだぼくは。

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